大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)24号 判決

広島県佐伯郡廿日市町阿品台二丁目一三番四一号

上告人

矢野智司

広島市中区上八丁堀三番一九号

被上告人

広島東税務署長

米田達郎

右当事者間の広島高等裁判所昭和六〇年(行コ)第一号更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一一月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人に上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう部分を含め、ひつきょう、独自の見解に立って原判決の単なる法令違背をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦)

(昭和六二年(行ツ)第二四号 上告人 矢野智司)

上告人の上告理由

一 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の解釈の誤りがある。

すなわち、原判決は、青色申告書に係る以外の更正通知書に理由の記載を要求していない所得税法一五五条二項は憲法一四条に違反するとする控訴人の主張に対して、理由の記載を更正処分の手続上の要件とするかどうかは立法府の決定に委ねられているものと解すべきであるから、憲法違反の問題は生じないと理由四で述べているのは憲法一四条の解釈の誤りである。

なぜなら、憲法十四条「法の下の平等」の原則は、法を適用・執行する行政権・司法権だけでなく、法律の定めを任務とする立法権をも拘束すると考えるべきであるから、青色申告書と青色申告書に係る以外の更正通知書との間に理由の記載上の差別を可能ならしめている所得税法一五五条二項についての判断を避けるべきではない。

また、憲法一四条「法の下の平等」の原則は、差別すべき合理的な理由なくしては差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、理由の記載という負担がないため一五五条二項についての判断を避けるべきではない。

さらに、行政により、かかる人権無視の不利益処分を受けたにもかかわらず、実力により自力救済も報復も禁止されている法治下において、青色申告と青色申告に係る以外の更正通知書との間に明らかな手続上の差別を認めている所得税法一五五条二項を立法府の問題として判断を避けた原判決は、憲法一四条の解釈を誤り、司法としての機能を放棄したというべきである。

二 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の違背がある。

すなわち、「適正手続きの保障」「法の下の平等」「財産権」「基本的人権」を規定した憲法三一条・一四条・二九条・一一条および「知る権利」を当然の要素として含む「表現の自由」を規定した憲法二一条に違背している。

判決の理由二1(一〇枚目八行目)に、「公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定される」とあり、これは公務員の作成した書証であれば、証拠能力がなくても公務員以外の者による作成の書証より信用できるというもので、この言葉は不公正な判断を下した原判決全般を貫く差別的な意志の象徴であり、「法の下の平等」を規定した憲法一四条に違背していることはもちろん、これでは、とうてい手続上の公正も期し難いことから「適正手続きの保障」を規定した憲法三一条にも違背する。

つづいて、同一一行目「弁論の全趣旨により適正に成立したものと認められる」一〇枚目裏三行目「第一九号証」の次に加えられた「当審における証人清水信夫の証言によれば以下の事実が認められ」とし、同五行目「右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない」として証拠能力なき被控訴人の書証および証言のみを採用して認定しているるは、「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背している。

なお、被控訴人の証拠能力なき書証のみを採用して認定したため、右の如く法的に不正確かつあいまいな推測による表現は、一四枚目裏一行目「もしくは他に賃貸するなどしていたもので、原告の居住の用に供していたものとは認められない」一五枚目三行目「右事実をもってしてもこれを推認するに足りない」同六行目「家屋に赴くようなことがあったとしても」同八行目「使用しているものとみられるような家屋を」同裏二行目「原告がその譲渡前ころになってセカンドハンス的に一時的な利用を予定したにすぎないような本件家屋は、原告の内心の意図如何にかかわらず、客観的には生活の本拠とはみられず、…(省略)…とは到底認めがたいところである」一六枚目六行目「右居住の外形を作出したものと認められ」同一一行目「事実を仮装したものと認めるに十分で」「少なくとも、その根拠を示す程度の前記記載はなされているわけで、」同一一行目「いえる」の次に付加四行目「要件とするかどうかは立法府の決定に委ねられているものと解すべきであるから、」など随所に見出される上、一審の判決を引用してそれに付加・訂正した原判決は事実を仮想しての作文であると思料されるので「適正手続きの保障」を規定した憲法三一条に違背する。

原判決が認定している事実中、二1(四)、同(五)、同(六)、同(九)および同(一四)は、上告の理由四「事実の誤認」で述べているように、被控訴人の意図によって作成された証拠能力なき書証を採用しているので、これらによる判断は公平も公正も期し難く「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背する。

判決の理由二3で、控訴人の家庭状況-本人・子三人の受験勉強の必要性およびそのために住宅が狭すぎる等の事情並びに本人尋問の結果-を認めているにもかかわらず、被控訴人の認定事実に照らして、これを推認するに足らないとしているのは論理の矛盾であることはもちろん、控訴人に対しての不当な差別であり「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背する。

一五枚目裏一行目「前記各認定事実から伺われるように、…」から六行目までの記事は他の記事以上に全く根拠のない悪質な記述であり「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背することはもちろん、その悪質な意図を持つ記事は「基本的人権」を保障した憲法一一条に違背する疑いがある。

判決の理由三で、証拠能力なき書証による認定事実に基づいての重加算税の賦課決定処分を適法とした原判決は、第一に、デッチ上げの書証によることから「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背し、第二に、不公平税制下で真面目な努力をしている一サラリーマンの生活目標を頓座させるという過重な金銭的負担を強いたことは、税務当局が、特に強者に対しては日頃から不正な申告を見逃し続けているにもかかわらず、弱者に対しては証拠をデッチ上げてでも行政上の処分をしたということで著しく公平を欠いた処置といわなければならないことから、「財産権」「基本的人権」を規定した憲法二九条・一一条に違背する。

判決の理由四で、青色申告書に係る以外の更正通知書に理由の記載がないことを所得税法一五五条二項により違法ではないとした原判決は、本件処分が控訴人にとって不利益処分であること、また、青色申告書と青色申告書に係る以外の更正通知書に手続上の差別をもうける合理的な理由はないことから「適正手続きの保障」「法の下の平等」を規定した憲法三一条・一四条に違背しているというべきである。

被処分者に不利益処分であるにもかかわらず、青色申告でなければ理由の記載を義務づけず、特典のある青色申告に理由の記載を義務づけている所得税法一五五条二項の規定は「知る権利」を当然の要素として含む「表現の自由」を規定した憲法二一条に違背する。

三 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験違反がある。

すなわち、控訴人提出の証拠不採用、被控訴人提出の証拠の「採証の法則」違反および控訴人の住宅事情と生活状況の変化に対する判断不能という経験則違反がある。

「居住の用に供している家屋」の証明は、本人提出の書証によるべきであり、また、それで必要にして十分な条件を備えているにもかかわらず、悪質な意図をもって作成された被控訴人提出のデッチ上げ書証によってこれを否定している原判決は社会常識に反するという経験則違反がある。

また、悪質な意図をもって作成された被控訴人提出の書証は、録音テープ・写真など現代の常識的な手段による裏付け資料の添付もないという粗雑さであり、およそ証拠能力は皆無であるにもかかわらず、控訴人の居住を否定する書証としてすべてそれらを採用し事実として認定したことは、「採証の法則」に違反するという経験則違反がある。

さらに、本人および子女三人が狭すぎる住宅ではそれぞれ勉学の目的を達成できないので可能な解決策を講ずること常識であり当然の権利であるにもかかわらず、それを妥当と判断せず否定した原判決は経験則違反がある。

四 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

すなわち、原判決理由二1(四)、(五)、(六)、(九)および(一四)の各認定事実に手続上の誤りがある。

二1(四)は、被控訴人が、悪質な意図によって作成した書証によるもので、証拠能力のないことはもちろん控訴人の承認および自白もない。

二1(五)は、被控訴人が、悪質な意図をもって作成した書証によるものであるが、証拠となる手紙は存在していない。

二1(六)は、二1(四)と同様である。また、本件物件仲介の新聞の折込み広告につき依頼した事実はなく証拠となる書証も存在していない。

二1(九)は、金子力の(家具類は全くなく空き家の状態であった」という言葉は虚言であり、証拠写真など証拠となる裏付け資料は存在していない。

二1(一四)は、市川芳子が昼間不在であったために控訴人が便宜上とった手段にすぎない。本事実認定は、甲八号証―市川芳子からの回答書-を採用しなかったという手続上の差別からきた誤認である。

五 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について判断を遺脱した違法がある。

すなわち、本件家屋に、控訴人が居住していたか否かという重要事項についての判断を、すべて被控訴人作成の書証によっていることである。

そして、この被控訴人作成の書証は、重要事項についての判断の基礎となるべき書証でありながら、証拠物件として添付すべき録音テープ・写真等も存在していない。悪質な意図をもって作成された被控訴人の書証は、相当な裏付け証拠がなければ証拠能力はないというべきである。

したがって、原判決は、かかる重要事項についての判断を遺脱しているというべきである。

六 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について理由に齟齬がある。すなわち、「居住の用に供している家屋」という重要事項について、被控訴人の立場を支持する原判決は、理由二1(一四)の認定事実、同二1全体、同二3・一五枚目裏二行目から六行目「原告がその譲渡前ころになって、セカンドハンスてきに…(省略)…」および同三・一六行目三行目から五行目「各認定事実からすると、…(省略)…本件物件所在地に住民票を移して右居住外形を作出したものと認められ、」さらに同一一行目「事実を仮装云々」というように、控訴人の主張との間に埋め難い齟齬が存在する。

これは、悪質な意図をもつ被控訴人作成の証拠能力なき書証により形成された心証の結果であり、かかる重要事項についての理由の齟齬が判断を誤らせるという影響を原判決に及ぼしたことは明らかである。

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄さるべきである。

以上

裁判長裁判官 坂上壽夫

裁判官 伊藤正己

裁判官 安岡滿彦

裁判官 長島敦

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